JAPAN BLUE=藍染め逸品特集 JAPAN BLUE=藍染め逸品特集

渋沢逸品館では、渋沢翁の原点である
藍染めを、当時憧れていた徳島阿波の藍染めや
武州の藍染商品を中心に匠の伝統、技術、
歴史や文化を感じる品々を販売しております。

  • 01 武州正藍染め 刺子織巾着(大)

    武州正藍染め 刺子織巾着(大)
    ■武州の藍染め商品(武州は東京・埼玉・神奈川の一部を指します。) 渋沢栄一の商才の原点ともいえる藍玉製造。江戸で大流行した藍染めは、今も伝統的な染め工程を守っている紺屋(工場)は武州地域にはもう数か所しか残っていません。…

    通常価格

    4,180

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  • 02 武州正藍染め 刺子織巾着(小)

    武州正藍染め 刺子織巾着(小)
    ■武州の藍染め商品(武州は東京・埼玉・神奈川の一部を指します。) 渋沢栄一の商才の原点ともいえる藍玉製造。江戸で大流行した藍染めは、今も伝統的な染め工程を守っている紺屋(工場)…
    ■武州の藍染め商品(武州は東京・埼玉・神奈川の一部を指します。) 渋沢栄一の商才の原点ともいえる藍玉製造。江戸で大流行した藍染めは、今も伝統的な染め工程を守っている紺屋(工場)は武州地域にはもう数か所しか残っていません。 かつて「…

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  • 03 武州正藍染め 親子がま口長財布

    武州正藍染め 親子がま口長財布
    ■武州の藍染め商品(武州は東京・埼玉・神奈川の一部を指します。) 渋沢…
    ■武州の藍染め商品(武州は東京・埼玉・神奈川の一部を指します。) 渋沢栄一の商才の原点ともいえる藍玉製造。江戸で大流行した藍染めは、今も伝統的な染め工程を守っている紺屋(工場)は武州地域にはもう数か所しか残っていません。 かつて「…

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  • 04 武州正藍染め がま口小銭入れ

    武州正藍染め がま口小銭入れ
    ■武州の藍染め商品(武州は東京・埼玉・神奈川の一部を指します。) 渋沢栄一の商才の原点ともいえる藍玉製造。江戸で大流行した藍染めは、今も伝統…

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  • 05 武州正藍染め エコバック 4種

    武州正藍染め エコバック 4種
    ■埼玉武州(羽生)正藍染め エコバック4種  綿素材なので洗うと縮みや色落…

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渋沢栄一と武州藍

渋沢栄一と武州藍

■粋でいなせな江戸っ子気質『武州藍』

渋沢栄一は、埼玉県深谷の血洗島で育ち、父・市郎右衛門の藍玉販売事業から多くを学びました。

後の渋沢栄一の商才は、「藍」から始まり、多くの人達と「合本」すなわち協力し、ひとつの事を成すことによって発展していったに違いありません。

江戸末期、庶民の間では藍染着物をファッションとして取り入れていました。

 

どこか粋でいなせな「藍染め」は、渋沢栄一が当時憧れていた徳島の阿波藍の次に並ぶよう「武州藍」を広めるべく奔走したといいます。

 

 

 

 

江戸時代後半の天明期の頃から羽生や加須、行田など北埼玉で藍が栽培されたといわれています。
農家の主婦が農閑期を利用して家族の衣服をつくったのが始まりといわれ、最盛期には武州(羽生、加須、行田)の一大産業となりました。

武州の正藍染めは、藍の葉から自然発酵建てでとった染料により染めるのが特徴で、手染めのため微妙な風合いがあり、さめるほど美しい色合いになります。

糸の段階で染める糸染めと、布にしてから染める型染めのふたつの手法があり、武州では全体の7割が糸染めで、型染めは民芸調などの柄が出せます。

藍染めの職人を紺屋職人と呼び、当時200軒以上の紺屋があったほどです。

 

武州:武蔵国(むさしのくに)はかつて日本の地方行政区分であった冷制国のひとつ。

東山道のち東海道に属し、現在の東京都と埼玉県及び神奈川県の川崎市、横浜市にあたります。

江戸から明治にかけて、多くの農家が藍を育てたが、明治維新以降、徐々に減少していきました。

令和である現在は、武州でその伝統を継承しているところは数えるほどとなってしまいました。

150年続く藍染め企業もあり、江戸時代から伝わる伝統の技法を守り続けているところ、古きよきものを残しつつ、新たな時代へ繋げていくものなど、今改めて藍染めが見直されています。

徳島は自然の宝庫、海は鮮やかなブルー!

徳島は自然の宝庫、海は鮮やかなブルー!

徳島の藍

日本の四国に属する徳島県。

徳島県といえば、どんなイメージを持つだろう?

海が豊富、きれいで水も美味しい。海洋深層水なども汲み上げていたり、自然の宝庫。

海から発展して、港など、木材もを運んだりしていたのでいち早く文化伝統も発展。

 

徳島の先史と産業

約2万年前の遺物と推定できるナイフ形石器などが49遺跡から見つかっており、戦国時代には三好群を拠点としていた三好氏が東四国から山城国までの八国を支配しました。

豊臣秀吉の四国平定によって安房国は蜂須賀氏が封ぜられ、その統治は明治維新まで続きました。

 

明治4年(1871年)廃藩置県より、旧徳島藩の阿波国・淡路国などが徳島県として設置されました。

その後、旧讃岐国(香川)も編入されたり再分立されたりして、阿波国が高知へ、淡路国が兵庫へ編入されるなど紆余曲折はありました。

そして最終的に現在の形になったのは明治13年(1880年)のことでした。

 

徳島では明治時代初期、当時の衣服の染料として用いられていた藍の栽培によって、全国的にも人気の都市となり、たくさんの人が住んでいたようですが、その後、産業革命などで綿織物や化学繊維がでてきたことによって、徐々に人口も当時よりは減っていきました。

ですが、古い伝統をしっかりと継承している住人や、新たに徳島の魅力に惹かれ、Iターンする若者なども増えています。

自然と共に、日本の文化を見直す方々が増えているのでしょう。

 

徳島は、海にも山にも恵まれ、水産業をはじめ、林業、農業、畜産などが盛んです。その魅力が若者のIターンを掻き立てるのかもしれません。

 

適した気候、恵まれた大地、そして豊富な水によって育った藍の色は県のカラー

徳島は自然の宝庫。海に囲まれた大地とその気候で自然ものがたくさんとれます。

まさに大地の恵みをいただける日本ならではの光景もたくさん見られます。

鳴海市の門海峡では渦を巻いた海が見れることもあります。まさに絶景!

 

徳島県では、藍色を基調として、ブランド展開をしています。

古くからは奈良時代から藍については諸説ありますが、日本全国的にも抜きんでた藍の製造は、ここ徳島が圧倒的上位。

渋沢栄一も江戸末期、阿波の藍に憧れて武州藍をより広めていこうと奔走し、1番にはなれなくても2番を目指す!と言っていたそうです。

 

現代でもそのブランド価値を落とすことなく、古き良き伝統を守り続ける匠の技術とそれらに魅了され、新たに参画している若者たちの斬新な考えのもと作られた藍染商品が豊富にあります。

 

また、武州の藍とは違って、染め方にも様々な技法があり、藍で何回も染めることによってできるグラデーションの手法などは、徳島に勝るものはありません。

 

藍の色は、徳島の海の色も表現した、まさに究極の藍です。

渋沢栄一偉業の原点は藍だった!

渋沢栄一偉業の原点は藍だった!

渋沢栄一と藍

渋沢栄一と藍

江戸末期、天保11年2月13日(西暦1840年3月16日)に渋沢栄一は埼玉県深谷の血洗島で生まれました。

栄一の家「中の家(なかんち)」は農家の中でも裕福な家で、家業の畑作や養蚕、藍を栽培し、染料となる藍玉を製造していました。
さらに、藍を栽培している農家から藍を買い付け、作った藍玉を紺屋に販売していたのでした。

栄一は、幼い頃から父に学問の手解きを受け、従兄弟の尾高惇忠から本格的に「論語」などを学んでいました。

勉学や剣術に励む一方で家業にも興味を持ち、父親に同行しながら商売を学んでいったといわれています。

10歳の栄一少年、父の背中を見て学んだ藍の目利き力は大人も顔負け。優秀な父のDNAをしっかり受け継いでいきました。

17歳頃から、信州・上州・武州秩父にある得意先廻りは栄一の仕事となっていきます。

当時、藍葉の不作により村全体が消沈している中、どうしたら窮地を脱することができるかを考え他の村へ行き、藍葉を買い付けに行くことに決めた栄一。

 

当時江戸では野良着としての藍染着物から、江戸ファッションとしての藍の着物が流行していました。

異国人がジャパンブルーというほどに、店の暖簾や着物すべてがジャパンブルー=藍に見えたといわれています。

 

秀でた企画力を発揮

栄一は、武州の藍の品質を上げ、今までより高く売り、同時に生産者を儲けさせてさらに品質の良い藍をつくってほしいと交渉し、見事に成功するのでした。

商品価値を売るのということでした。さらには、下記のような番付「藍玉力競」をつくり、競い合わせることで生産者の士気を高めていきました。

大関を上席に座らせて藍づくりのノウハウを語らせたりもしていったと言われています。

この番付は、今の相撲の番付のよう。情報を共有数rことで地元の藍生産を盛り上げようという戦略です。

 

ドラマで使われた武州藍自慢の番付表「藍玉力競」

 

WINWINの手法

武州の藍葉を発酵させて100日、蒅(すくも)ができます。

非常に長き貴重な作業です。

藍染めは徳島の阿波が有名ですが、武州の藍染めもそれに負けじとやってきたことが、今も阿波、武州では本格的な藍染め製法が続いています。

 

藍葉の不作により村全体が消沈している中、どうしたら窮地を脱することができるかを考え、他の村へ行き、藍葉を買い付けに行くことに決めた栄一。

父とともに江戸に行ったときに感じた商売の難しさを見て覚え、そして自ら自分も実行するという強い意志があったからこそ、藍葉の買い付けに成功したのでしょう。

また、商売の交渉も、まずは相手を褒め、相手も得になる方法、お互いがWIN WINになれる方法を考え、銭をケチらずここぞというときに使う度胸は、見習うべきところもあるかもしれません。

働く人とその価値を見極めてからこその交渉術なのでしょう。

 

藍をどうやって売るかということから渋沢栄一の偉業がスタートしたのでした。

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