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青天を衝け「篤太夫と最後の将軍」23話

物語は異国の地と日本国内にあった。

篤太夫もピンチの中から学び、自分が昔から公平があるべき姿なのではないかと深谷岡部藩との間で感じ始めた所から、異国の地で異国人が対等な会話や対応をしていることを目の当たりにし、自分がまちがっていない、こうあるべきだと確信した瞬間があった。

一方、日本国内では、徳川慶喜が帝に政(まつりごと)を返上すること(大政奉還)により、徳川の世は途切れることがあっても、日の本(ひのもと)をひとつにするには、船頭は1つでなくてはならないとう考えであえて実行することにより、戦もおきずにまとまる方法を考えたのだった。ところが、、、思惑が違ってしまった。1868年、朝廷を支配下に置きたい薩摩からクーデターがはじまる。

 

 

あらすじ

フランスからの借款は消滅したが、篤太夫(吉沢 亮)が当面の資金繰りに奔走し、昭武(板垣李光人)は留学を続けていた。

家庭教師のヴィレットの教えに従い、篤太夫たちは髷(まげ)を落とし、刀も外し、洋服を着ることに。

同じころ、日本では西郷(博多華丸)が軍備を整え、岩倉(山内圭哉)と大久保(石丸幹二)が王政復古への動きを進めるが、慶喜(草彅 剛)は先手を打って政権を帝に返上してしまう。一方、血洗島では篤太夫の養子になった平九郎(岡田健史)が、江戸に向かおうとしていた。

 

徳川家康の語り

さて慶応3年10月12日。慶喜が政権を帝に返上することになる。

慶喜は、「日の本(ひのもと)をひとつにまとめ、広く天下公平な世にすること、そして同心尽くして国を守っていきたい。海外万国とならぶことができるだろう。」と松平春巌に告げる。

その時の徳川家康は、ただただ無言であったが深く頷いていたように思える。

これには、本来国をまとめ、戦のない世にし、民が平和に暮らせるようにしたいという想いから、異国文化も取り入れつつ、時代の流れをくみ取って新たなステージへ向かうという徳川の指名を、慶喜がきちんと全うしてくれたのであろうというような安堵の表情だったのであろうか。徳川としての歴史上の役目を果たしたという気持ちだったのかもしれない。

 

ドラマを観て思うこと

薩摩に落とされた民部公子一行は、フランスから日本への借款が消滅してしまう。

だが、当面の費用をなんとか調達し、昭武一行は条約を結んだ諸国への旅に出発することになった。

田辺の案により、為替を発行するということだ。

「民部公子の名義で為替を発行し、買い取らせた先から日本の公儀に対し、こちらが送り出した為替の金額分を取り立てさせる。」

そして、公儀の信用を取り戻すため、外国奉行・栗本鋤雲がスイスの昭武一行のもとに到着。小栗忠順から預かってきたという旅を続けるための為替を受け取ることができた。

「私は上様より、日本は公儀のものであることを示す弁明を持参した。借款もやり直さねばならぬ。あの借款は公儀の命運を握る金だ。何としても信用を取り戻さねばならぬ。(栗本)」

そこで、各国歴訪を終えた昭武たちが留学生活に入るため、郷に入れば郷に従えと髷(まげ)を切ることとなった。

武士の誇りである、髷と着物、刀。

これらを手放すことはかなり勇気のいったことだろう。

それでも、新しいものを取り入れていこうという好奇心旺盛な者は、さほど抵抗感はなかったのかもしれない。

現代人でも、前進する人しない人とわかれるが、特段篤太夫は、その好奇心旺盛な性格で楽しんでいたことだろう。

また、銀行オーナーのエラールが陸軍大佐のヴィレットとまるで友達のように話していることや、ベルギーで王がみずから国の特産品を売り込んできたことなど、身分に関係なく誰もが力を生かし国のために励む異国の姿に感銘を受け、誠の道理を感じ取ることができた。

それが日本では納得できずにもやもやしていたことが、異国の地ですっきりし、腑に落ちたということだろう。

「ベルギーでも不可思議な体験をしました。一国の王が、商人(あきんど)のように己の国の産物を売り込むとはとんでもねぇことだと思ったが、よくよく考えてみるに、王が己の国の産物をよく知り、みずからそれを話す。

なんとありがたい心がけだと思い直した。

みなが同じ場に立ち、みながそれぞれ国のために励んでおる。本来これこそが誠のはずだい。」(篤太夫)

慶喜は、よくぞ決断したといいたい。今までのイメージを覆すほどの視点で描かれていた。

徳川政権を終わらせる決意、日の本をまとめるために全体を見て、時には前に出て、時には一歩下がる。

誰かを立てて、裏方にまわって、目的を果たすために立場を考えながら対応し決断する姿は、今の世のリーダーたちにもとても勉強になる部分であると思う。

広い目線で大きく捉える力があり、自分の保身を考えるて個人主義でないということはいえることであろう。

これで安泰と行きたいところだが、薩摩が朝廷を支配下に置きたいため、クーデターを起こし、徳川つぶしの動きが起こっていく。

日本の500円札にもなった岩倉具視も、王政復古のためにようやく表舞台で動き出す。。

 

ゆかりの地の紹介

京都府京都市。慶応3年10月。二条城の二の丸御殿で、大政奉還が表明された。

薩長との武力衝突を避けることに成功するも、小御所会議により、慶喜は政治の表舞台から遠ざけられてしまう。

二条城二の丸御殿

この政治劇の裏には、岩倉具視の存在があった。

京都市の北部、岩倉。公武合体運動を推し進めたことで過激な志士に命を狙われ、失脚した岩倉はこの地に逃れた。

岩倉具視幽棲(ゆうせい)旧宅

倒幕へと立場を変え、政治活動を続けた岩倉のもとには多くの志士が集まり、密談を重ねていたという。

一度は朝廷を追われたものの、再び政治的手腕を発揮した岩倉具視。

薩長を中心とする新政府は、慶喜をさらに追い詰めていくこととなっていく。

 

アクセス

京都市営地下鉄「国際会館」から「岩倉実相院」下車 徒歩3分

 

 

 

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